「煩悩ってなんだろう?」
〜人は皆「神の生命」「善の智慧」を持っている〜
「煩悩」を持った生命(いのち)は、凡人、凡夫とも言われ、いわゆる「佛の生命(いのち)」ではないもののことを言います。佛の生命(いのち)のことを「佛性」「佛道」と呼び、そうでない煩悩のことを「外道」とも呼んでいます。では「煩悩」に対する「佛性」とはどんなもののことなのでしょう?
佛とは、神の力を持ち、最上の智慧を有する生命(いのち)のことです。
最上の智慧とは、天地を創造した智慧=「自然界の智慧」のことを言います。
この天地一切森羅万象、一木一草、鳥、魚、虫、皆自然界の中に生命(いのち)と身姿をもって生活をしています。つまり、この自然界は全ての生命(いのち)の源であり、根本です。この自然の中に身姿を創造された生命(いのち)は全てが自然の生命(いのち)です。煩悩とは自然の生命(いのち)にあらざる、不自然な生命(いのち)、汚染された不浄の生命(いのち)のことです。
人間が創造されたときには、皆自然の生命(いのち)をもっていました。自然が生みの親である私たちは、もとはみんな「神の生命」「善の智慧」を持っていたということです。
だから、現世で煩悩と言われる「外道」を歩いている者も、老若男女、貧富の差なく、等しく佛性の種子を持っているのです。
その意味で、私たちは毎日の暮らしの中で、もともと持っている「神の生命」=善の智慧と、「煩悩」を戦わせながら生きています。
心の入れものに、煩悩が増えると善の智慧が減り、逆に善の智慧が増えると、煩悩は減っていきます。
それに気づいたならば、己を悩ませ、人を悩ませ、佛を悩ます、「煩悩」という仮の生命人として生きていることを自覚し、1日も早く佛の智慧、自然の智慧を持って、己を喜ばせ、人を喜ばせ、佛を喜ばせる生命(いのち)の行いを修め、人生の大願成就をしなければなりません。
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